市民ケーン

歴史的名作の条件

今でも「歴代映画ベストワン」に推す人が多い『市民ケーン』。もちろん、ベストワンとよばれるのは、ちゃんとした理由があってのことだ。

「人間」と「戯画」

 「人間を描く」というのは、映画を含むあらゆる物語表現の目指すべき基本目標のひとつだが、世に出回っている多くの映画・小説・マンガ等の物語表現に、その目標がクリアーできているとはとても思えない。

 立派な人物をいかにも立派そうに描いて、かえって理想化されすぎた人物像になったり、悪役をあまりにも徹底したワルとして描いて、かえってリアリティが感じられないようになったりというのは、よくあることだ。そうした形で描かれた人間は、もはや「人間」ではなく、「カリカチュア」とか「戯画」とかよばれるものだ。

 とはいえ、わかりやすい物語のためには、善玉悪玉といった風に人間像を単純化したり、戯画化することは、ある程度不可欠でもある。人間という複雑きわまりない存在を、複雑きわまりない存在として描くのは、非常に困難なことなのだ。しかし、その困難を克服し、人間を「戯画」としてではなく、「人間」として描くことに成功すれば、その時点でその物語は「歴史的名作」の名を確実に手にすることができる。

 『市民ケーン』は、そうして歴史的名作になった。

「バラのつぼみ」の謎

 ここで描かれている人間“チャールズ・フォスター・ケーン”は、一代で財を成して巨大企業を興し、望む物は何でも手に入れてきたあくの強い経営者という、ある意味描くのが非常に困難な人間像である。だが、監督兼主演のオーソン・ウエルズはそれを見事にやってのけ、天才の名をほしいままにした。

 ライバル会社が気に食わなければ、平然として人材を根こそぎ引き抜き、オペラ歌手になるのが夢という薄幸の女性に出会うと、彼女のためにオペラハウスを建てて主演女優にしてやる。それでいて、自分の思い通りにならないことがあると、小児のようにむずかりだし、周囲にはひたすら無条件の愛を求める……。一歩間違えればマンガになってしまいかねないような人間像を、この映画はありありとしたリアリティをもって描いている。

 中でも特に印象的な場面は、やはりラストシーンだろう。この映画では、ケーンの残した最後の言葉「バラのつぼみ」の謎を解くという、ミステリー仕立てが導入されているのだが、結局物語の登場人物たちは、その言葉の意味を解明できずに終わる。しかし、最後にこの謎めいた言葉の意味が、観客だけにこっそり明かされるのだ。

 なにもかもを思い通りにすることのできる一大帝国をゼロから築いた一人の男が、死ぬ間際に思い出したことは……内容に関するネタバレは避けるが、ケーンという男の複雑な人間性を見事に描き出してみせたこのラストシーンに、我々観客は、彼のたどってきた道について深く思いを馳せ、いつまでも続く長い余韻にひたることになる。

 この映画が作られてから60年以上になるが、今なお多くの支持者が存在するのは当然のことである。毎日多くの物語が作られ、忘れ去られていく現在、こうして時を越えて人々に顧みられる作品というものには、やはりそれだけのパワーがある。

(10/31/2003)

『市民ケーン』
オーソン・ウエルズ監督/主演
おすすめ度:★★★★★