ゴールデンアイ007

日の丸ゲーム敗戦の日

英国のソフトハウスによって作られた『ゴールデンアイ007』は、ゲームの歴史に残る傑作だった。しかし、日本のゲームコミュニティは最初、この作品を正しく評価することができなかった。名作を見抜く目を失ったゲームコミュニティに、未来などない……。

ゲーム大国衰亡史

 かつて、日本が、テレビゲーム大国だった時代があった。

 ゲームが日本の主要な輸出文化であり、バブル崩壊で日本全体が自信を失っていた中、この国の矜持を支える数少ない存在のひとつが、世界中の市場を席巻している日本製テレビゲームだったこともあったのだ。

 しかし、それももう昔の話。海外市場における日本製ゲームのシェアは、年々下がる一方だ。それは、毎年始めに発表されている、アメリカでのトップセラーリストを見れば、いやでも実感することができる。

 毎年トップテンの半数以上を、日本製ソフトが占めるのが当然だった時代などうそのように、最新のリスト(2004年年間)にランクインしている日本製品は、たった一本だけという有様だ。

 いったい、いつからこんなことになってしまったのか? そして、なぜこうなってしまったのか?

 私は、それがおこったきっかけを、明確に指摘することができると考えている。そして、その日付まで特定できると思っている。

 1997年8月23日、これが、日本製ゲームの敗戦記念日だ。

だれにも顧みられなかった歴史的ゲーム

 その日、ゲームショップの目立たない一角に、一本のソフトがひっそりと並べられた。買い物に訪れる者たちは、だれもその新作ゲームに注目しようとはしなかった。それもそうだ。毎週たくさん発売されては消えていくマイナーゲームなどに、だれもかまっている時間などないのだから。

 ソフトの名は『ゴールデンアイ007』。イギリスという、ゲーマーたちにはあまりなじみのなかった国で作られたこのゲームが、後にゲーム史を書き換えることになるなどと、店にやってくる者たちにはだれも予想できなかったのだ。

 プレイヤーの分身となるキャラクターから見た情景が、テレビの画面に表示されることが特徴の、FPS(First Person Shooter:一人称視点シューティング)というタイプのゲームは、それまで、出てくる敵という敵を次々と撃っていくだけの、大味なゲームという印象があった。

 しかし、『ゴールデンアイ007』は、そんなイメージを大きく覆した。迫り来る敵を撃つという基本を踏襲しつつ、ほかにも、物陰にかくれて敵をやりすごす、遠くからこっそりと狙撃する、監視カメラの裏をかくなど、様々な洗練されたゲーム性を備えていたのだ。

 ただの「撃ちまくりゲーム」にすぎず、アクションゲームのひとつのサブジャンルでしかなかったFPSを、『ゴールデンアイ007』は、ひとつの独立したゲームジャンルとして完成させたのである。

 私はこのゲームをプレイしながら、今、自分がゲームの新しい歴史の生まれた瞬間に立ち会っているのだという思いを、強く感じたものだ。

ゲーム雑誌の責任

 しかし、画期的な内容のソフトであったにもかかわらず、『ゴールデンアイ007』は売れなかった。ゲーマーたちの間で、話題にすらのぼらなかった。

 日本のゲームユーザーのコミュニティは、これまで、埋もれそうになった多くの名作を発掘し、光を当ててきた。その役目を強く担っていたのは、ゲームコミュニティのトップにいる存在というべき、ゲーム雑誌である。

 ゲーム雑誌の編集者の目にとまった作品は、どんなマイナーなタイトルでも、多くのページが割かれてプッシュされた。ユーザーたちも、雑誌の推薦を信頼し、購入行動という形でそれに応えた。(実際、目利きの編集者の推薦は、ユーザーの信頼に十分応えるものだった)。『伝説のオウガバトル』や『真・女神転生』など、こうしてゲームコミュニティに発掘され、メジャータイトルの座を獲得した作品は少なくない。

 しかし、『ゴールデンアイ007』は、とうとう発掘を受けることなく終わった。ゲーム雑誌は、このゲームのことをまったく取り上げなかったし(取り上げたとしても、浜村純氏と水野晴郎氏の出演した、ユニークなCMのことだけだった)、ユーザーも、店頭に並んでいたこの作品に、見向きもしなかった。

 日本のゲームコミュニティは、いつのまにか、名作を見抜く目を失っていたのだ。

かくして、主導権は海外へ……

 そうこうするうち、『ゴールデンアイ007』は海外で高い評価を受け、空前のセールスを記録した。

 日本で評価されたゲームが、海外でもヒットするというのがそれまでのヒットの図式で、日本がゲーム文化の中心地である証だった。しかし、『ゴールデンアイ007』は、日本で無視されたゲームが海外で再評価されるという、最初の例になった。

 良質の作品を発掘できなくなった日本市場に対して、ゲームメーカーも、挑戦的で斬新なソフトを供給しなくなり、保守的な続編ものばかりがあふれて、日本製ゲームソフトはどんどんつまらなくなっていった。そして、今では市場規模、ゲームの質などあらゆる面で、日本は海外に後れを取っている。

 すべてはあの日、日本のゲームコミュニティが、一本の画期的なソフトを評価しそこなったことに端を発する。

 特に、このゲームの真価を見落とした、ゲーム雑誌の責任は重い。大ヒットしたにもかかわらず、雑誌の最初の評価が低かった作品としてよく引き合いに出される『ポケットモンスター』でさえ、発売直後にその内容を評価した記事が存在したというのに……。

 今では日本でも、海外での評価が逆輸入され、『ゴールデンアイ007』はゲーマーのあいだで、「幻の名作」の座を獲得している。ゲーム雑誌も、名作としてこのソフトを紹介するようになった。

 しかし、時すでに遅し……。

 『ゴールデンアイ007』は、その内容ばかりでなく、ゲームソフトの世界的趨勢に与えた影響力という点でも、画期的なソフトとなったのだ。

(3/22/2005)

『ゴールデンアイ007』ニンテンドウ64
発売元:任天堂(制作:Rare)
おすすめ度:★★★★★